やさしい理系物理
§4 ニュートン力学:運動の3法則
有名な「運動の3法則」について説明します。3つの法則には、それぞれ「空間とはなにか?」「質量とはなにか?」「力とはなにか?」という問いに対する、物理学の理解を見ることができます。
1 慣性の法則
慣性系
運動の法則の1つ目(慣性の法則)は、この世界に慣性系の存在を要請します。
ここで慣性系とは、力を受けない自由粒子(質点)が、一定の速度 $\overrightarrow v$ を保ち運動し続ける座標系をいいます:
慣性系はあるのか?
さて、慣性系というのは果たしてあるのでしょうか。これについて理解を深めるために、まずは慣性系でない系(非慣性系といいます)の例をいくつか挙げてみましょう。
一番わかり易いのは、加速する電車の中です。加速中の電車内に立つと、じっとしていても後ろ向きに力を受けますよね。これは、(重力などのように)他の物体との相互作用により受ける力ではなく、電車に貼り付いた座標系が慣性系でないことにより生じるものです。このような力を慣性力(またはみかけの力)といいます。
次に、私達が普段いる地表を考えましょう。ほとんどの日常的な場合、これは近似的に慣性系とみなせます。一方で、台風などの気象現象は、地球の自転に伴うみかけの力(コリオリの力といいます)抜きでは語れません。私達が普段いる地表も、厳密には慣性系ではないのです。
このように考えると、慣性系の存在というのは決して自明でないことがわかります。ところが、慣性の法則では、慣性系がこの世界に1つは少なくともあるはずだ、ということを要請しているのです。
馬のいない馬車は走らない?
歴史的には慣性の法則は、長年否定され続けてきた歴史があります。
古代ギリシャのアリストテレスは「馬のいない馬車は走らない」と考え、力を受けない物体はいずれ静止すると考えました。その後、アリストテレスの教義がキリスト教によって正式に採用されることにより、この考えは広く信じられるようになります。16世紀に入り、ガリレイやデカルトがその重要性に気づくまで、慣性の法則は長らく注目されなかったのです。
現代物理の理解
現代物理では、慣性の法則は、次のように理解できます。実は、時間・空間の一様性、空間の等方性と、次に述べる運動方程式の存在を仮定することで、慣性の法則は数学的に導出できます。ここで時間・空間の一様性とは、時間(空間)の過去・未来(位置)の違いによって物理法則は本質的に不変ということです。例えば、江戸時代と現代、日本とアメリカでは物理法則は変わらないはずだ、ということです。また、同様にして空間の等方性とは、空間に特別な方向はないということです。
つまり現代物理の言葉で慣性系とは、時間・空間の一様性、空間の等方性をみたす座標系を指します。
2 運動の法則
運動の法則の2つ目は、慣性系における運動方程式の存在を要請します。
運動方程式
慣性系では、自由粒子(質点)の速度 $\overrightarrow v$ は一定でしたね。これは次のように書き換えられます。 \begin{align} \frac{\textrm{d}\overrightarrow v}{\textrm{d}t}=\overrightarrow 0 \end{align} ここで $\overrightarrow 0$ は、成分がすべて $0$ のベクトルを指します。ベクトルの微分については、§3 三次元の運動学でかなり詳しく説明していますので、そちらをご覧ください。
ところが今、粒子の速度 $\overrightarrow v$ が変化したとしましょう。このとき、時間変化 $\dfrac{\textrm{d}\overrightarrow v}{\textrm{d}t}$ が生じたのは、粒子が外から力 $\overrightarrow F$ を受けたのが原因であると考え、以下のように式を立てます。
ここで $m$ は粒子によって決まる比例定数であり、慣性質量と呼ばれます。
ようは、質量(慣性質量)というのは、物体の「動きにくさ」を定量的に表した量です。同じ力 $\overrightarrow F$ を与えても、ピンポン玉は勢いよく弾け飛ぶのに対して、ボーリングの玉はほんの少ししか動きませんよね。この日常的な感覚が、上の数式に、きちんと定量的に落とし込まれていることに注意してください。
質量とは?
さて、質量とは何でしょうか?
物体の「動きにくさ」じゃなかったのかよ、というツッコミが来るかもしれません。ところが、どうやらこの世界では、質量という概念はそれほど簡単ではないようです。
実は質量には、全く別の概念があります。それは、「重力の受けやすさ」というものです。これを重力質量 $m'$ と呼ぶことにしましょう。重力については次節で詳しく説明しますが、ここでは $m'$ が大きいほど、受ける重力 $\overrightarrow F$ も大きくなるという理解で十分です。
繰り返しになりますが、慣性質量 $m$ と重力質量 $m'$ は、概念として全く異なることに注意しましょう。「動きにくさ」と「重力の受けやすさ」って、全然意味違いますよね。
ところが驚くべきことに、この世界ではなぜか、この2つはどの物体でも厳密に同じなのです!
上の式は等価原理と呼ばれ、古典力学(高校範囲の物理)に限らず、現代物理でも正しいと固く信じられています。
これは実験的にも確かめられていて、よく知られる実験(エドべシュの実験)では、2つの量の比 $m'/m$ が(比例定数を除いて) $10^{-8}$ までの精度で $1$ に等しいことを確かめています。また、アインシュタインの一般相対論は等価原理に基づいた理論ですが、この理論から予言される宇宙の膨張は、実験によりきちんと確認されています。
注意
正確に言うと、$(\ref{4})$式の間には、両辺の間の比例定数を決める自由度がまだ残っています。これは「単位量をどう決めるか」という問題で、人類が勝手に決めて良い定数ですが、厳密に $1$ とするのが普通です。
興味があれば、等価原理 $m=m'$ が成り立たないような現象を、1つでも見つけてみてください。すぐにノーベル賞が取れるでしょう。
以降では、2つの質量の概念を区別せず、たんに質量と呼びます。
3 作用・反作用の法則
力の定義
さて、力とは何でしょうか?
力とは、物体同士の及ぼし合う相互作用のことです。これは現代物理でも、ほぼ正しい定義です。ここで「ほぼ」とつけたのは、重力では、さっき説明した等価原理により、慣性力と重力に本質的な区別がつかないからです。それ以外はこの定義で正確に正しいです。
まあ細かいことは気にせず、「力とは、物体同士の及ぼし合う相互作用」ということで理解しておけば、大学卒業まで通用するので大丈夫です。実際、物理学科でも、重力を「重力相互作用」と呼んで違和感はまったくありません。
さて、それではこの「相互作用」というのは、古典力学(高校物理)の範囲で、具体的にどんな数式で表されるのでしょうか。それについて説明するのが、以下の法則です。
作用・反作用の法則
2つの粒子 $\rm A,\ B$ が共通の力で、力を及ぼし合っているとします。このとき、$\rm A$ が受ける力 $\overrightarrow f_{\rm A}$と、$\rm B$ が受ける力 $\overrightarrow f_{\rm B}$ は互いに反対方向で、逆向きです:
上の式は力の種類(重力、電磁気力、接触力)にかかわらず、一般に成り立ちます。
それでは、力 $\overrightarrow f_{\rm A}=-\overrightarrow f_{\rm B}$ はどのように求めればよいのでしょうか。これを知るためには、力の種類(重力、電磁気力、接触力)ごとに、個別の考察が必要です。これについては、次節で考えます。